2015年12月25日金曜日

あの頃。彼女。弁当の味。


昔話をしようとする俺の言葉を遮るように
「今はお互い幸せなんだから、それでいいじゃない。」
と貴女は呟いた。
俺は黙って目を閉じるしかなかった。
(違う。貴方は幸せなんかじゃない。旦那からの束縛も。不自由さも。身なりも。俺なら貴女をこんな風にはしなかった。俺なら。)

いや、分かっているさ、今更どうこう出来る訳ではないってことは。
もうずっと昔に終わったことだ。
つまり、あの時、俺は大切なものを永遠に失ったのだ。

あの頃。
毎日のように貴女が作ってくれた弁当は
いつも卵焼き、細切りにした鶏の皮だけの照り焼き、それにきっと出汁をとった後の昆布の佃煮、そんな質素なおかずだった。
けれど、現在どんなに贅の限りを尽くしたとしても手に入れる事の出来ない幸せの味が弁当箱からは溢れるようだった。
そして、貴女は、ゴトウ花店の薔薇でもティファニーでもなく・・・
野に咲く花に、或は何でもない日常の夕日に感激して、「綺麗!」と輝く笑顔を俺に見せてくれた。
そんな貴方が俺には、ただ眩しかった。
貴女は確かに飾り気もなく質朴だったけれど、だからこそ特別な存在だったんだ。

さようなら。

あの頃の貴女は、あの頃のふたりは、もう何処にもいない。
何を手にしても長くは喜びの続かないこの世界を、俺はこれからも歩いて行く。
貴女との宝石の様に輝く瞬間瞬間の記憶を時々想い出しながら。

今になって、俺は永遠の宝ものを手にしていることに気付くのだ。
それは目には見えないけれど、本当に大切なものっていうのは大抵そんなものだろう。

 


 
 (この物語はフィクションであり実在の人物や団体とは一切関係がありません)